2006/07/26

タイ旅行(その4)

7月26日、今回の旅行最終日。
今日はカンチャナブリ観光に出かける。カンチャナブリーは、第二次世界大戦中に、日本軍が建設した泰緬鉄道の本拠地となった町。映画化された「戦場にかける橋」の舞台としても有名。

6:30にホテルを出発し、ペニンシュラホテルに向かう。ペニンシュラホテルはかなりの高級ホテルらしく、妻は「一度は泊まってみたい憧れのホテルやわぁ」と言う。確かに中は豪華な雰囲気が漂っている。ここで同じくカンチャナブリ観光に行く他のツアー客と合流。今回の旅では初めて他の客との団体行動となるわけだ。とは言っても+4名で我々含め計6名、7:10頃ペニンシュラホテルを出発。

バンコクから西に約130km。バンコクを出ると信号が全く無いので、ほとんど停車することもなく猛スピードで車はひた走る。ミャンマー国境に近く、静かで豊かな自然が残る山間の町、カンチャナブリに9:00過ぎ頃到着。

第二次世界大戦当時の捕虜たちの生活を描いた絵、日本軍や捕虜が使っていた武器類などが展示されている「JEATH戦争博物館」と約7,000名の兵士が眠る「カンチャナブリ連合軍墓地」を訪れた。
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05_pict0347_1その後、映画「戦場に架ける橋」で一躍有名になったクウェー川鉄橋を見学。04_pict0335
この鉄橋は歩いて渡ることも出来る。散歩しながら鉄橋を歩いて往復してみると、足元直下に川が見え、なかなかのスリルもあり。


カンチャナブリ駅10:35発の列車に乗る。クウェー川鉄橋を渡り、その後車窓から見える景色はまさに熱帯の密林地帯、そしてサトウキビなどの畑。時折間近に岩壁も迫る。約1時間ほど揺られ、そして見えてくるのが泰緬鉄道建設時に難関の1つであった、アルヒル桟道橋。断崖にへばりつくようにかけられた全長300メートルの高架橋を徐行運転でそろそろ列車が渡る。
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09_pict0385 11:50頃、タムカセ駅着。
オープンエアーのレストランでバイキング形式でタイ料理の昼食。
駅周辺を散歩し、たくさん並ぶ露店をブラブラとひやかす。


13:15頃にタムカセ駅を出発し、またまた車はバンコクへ向けひた走る。
カンチャナブリからさらに列車で遠くへ来たものだから、バンコクのホテルに戻ったのは16:30。なんと3時間15分も車で大移動。ちょっと移動距離が長すぎて、旅の感動よりも疲労感が大きい1日だった。最初からパックになった観光だったから仕方ないが、出来ればバンコクをもう1日楽しみたかったな。
19:00から海鮮料理の夕食を食べ、今回のタイ旅行は終了!。

23:59バンコク発のTG622に乗り、7月27日の7:30、無事に関西空港に到着。

今回の旅行では、我が夫婦2名に現地ガイドと運転手+専用車、という贅沢な旅行となった。時間の融通も効いたし、非常にスムーズに行動できた。
最初は暑い時期に暑い国へ行く、ということでどんなもんかな?と心配もあったが、何の事は無い、良い旅行になったと思う。

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2006/07/25

タイ旅行(その3)

600_017月25日、今朝は8:30にホテルを出発し、王宮周辺の寺院見学。
王宮の守護寺院ワット・プラ・ケオ。タイの本尊仏である、エメラルド仏が本堂に安置されており「エメラルド寺院」の別名を持つ。

600_03地元タイの子供たちや学生もたくさん見学に来ている。王室を大切にする国だから、タイの人なら一度は必ず訪れる場所なのだろうか。今年は現王室60周年記念とかで、街には黄色の記念Tシャツを着ている人が多勢いる。


600_04どの建物も太陽に反射してキラキラしている。ガイドのネーンさん曰く、「タイのお寺はキンキラキン。昔は金、今は金メッキ。」
天気が良く本当に眩しいくらいに光っている。なんとも贅沢な感じがする。圧倒的な権威を象徴しているのだろうか。600_08

ワット・ポーは本堂いっぱいに全長46m、黄金に輝く巨大涅槃仏が 納められている寺院。
柱と柱の隙間に見事に寝ておられるが、涅槃仏が先に造られ、後にそれを保護するための本堂が建設さ れたようだ。また、寺院内600_09には古典医学校やタイ古式マッサージ習得コースが置かれており、境内の壁画には、芸術や古典医学、ツボの位置を示す図など様々な学問分野について文章や絵が描かれている。ストレッチやヨガのようなポーズをした仏像もある。

600_05チャオプラヤ川を600_06渡れば、暁の寺という意味のワット・アルン。
トンブリー王朝時代の王室の守護寺院だったらしい。79mの仏塔は圧倒的迫力があり、かなり痛んではいるが、その表面には美しい装飾が施されている。カラフルな陶器が使われているようだ。つまりモザイクタイル貼り。

昼食は飲茶食べ放題で、その後パックツアーではお決まりの土産物店を2軒廻り、いよいよ60分間の足ツボマッサージ体験!
古式マッサージとどちらかを選べたのだが、ネーンさんから「足ツ600_07ボの方が痛いよ」と言われ、怖いもの見たさの我々は足ツボマッサージを選択。案内された店に入ると、小柄なベテランであろう女性が「クツシタヌイデー」「ズボンアゲテー」。まずはシャワーで足を水洗い。薄暗い小部屋 に案内され、ステテコのようなものに履き替え、マッサージ開始。時々「イタクナイデスカ?」と聞かれたりしながら、足の裏をゴリゴリ押されまくる。足の指先から足首、ふくらはぎ。さらに足の付け根あたりまでマッサージしてくれる。多少の痛さはあったが全体を通して気持ちいい!あっという間に60分だった。
歩きつかれた足のリフレッシュに最適で、かなり足が軽くなった。さほど痛くなかったので少し残念な感じもした。嫁曰く「身体に悪い所がないから」

夕食はタイ風しゃぶしゃぶ。しゃぶしゃぶというより海鮮鍋という感じだった。

それにしてもバンコクは乗り物が多様で面白い。
小さなバイクがチョロチョロ走り、トゥクトゥクがエンジンを吹かしてトコトコ走り、トラックの荷台に人を乗せているし、3輪自転車もいろいろ。
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2006/07/24

タイ旅行(その2)

600_pict0049 7月24日。
朝食はホテルのバイキング形式。
今日も快晴に恵まれ、9:00出発。今日は世界遺産のアユタヤ観光とバンコクへ移動だ。

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アユタヤは、バンコクがあるチャオプラヤ川河口から100km近くも内陸にさかのぼった場所に位置するタイの古都。スコータイ王朝に続いて14世紀中頃に創設され、およそ400年間栄えたアユタヤ王朝の都。600_pict0061_1
600_pict0125チャオプラヤ川を通じて海外と結ばれ、周辺諸国だけでなくペルシャやヨーロッパ、そして日本からの貿易船が往来し、国際的な貿易港として発展した。日本人街も築かれ、御朱印船にたずさわる人々が、最盛期には約3,000人住んでいたと言われている。
しかし1767年、アユタヤはビルマ軍の侵攻により徹底的に破壊され、400年の栄華は、はかなく崩壊した。
アユタヤはつい30年ほど前までジャングルだったという。

600_pict0081600_pict0095600_pict0129現在は多くの遺跡が発掘、整備され、1991年に一帯は世界遺産に登録された。多くの仏像の首が無いのは、骨董価値があるために首だけを持ち去られたためらしい。
菩提樹に巻きつかれた顔だけの石仏は、200年以上も見捨てられた遺跡の月日を物語ってるようだ。

600_pict0184_1レストランでバイキング形式の昼食をとり、バンコクに移動。途中、バンパイン宮殿へ立ち寄る。
バンパイン宮殿はチャオプラヤ川の中州 に建つ宮殿。
アユタヤ王朝24 代目の王が築いた夏の離宮で、歴代の王が夏に訪れる別荘として利用されてきた。現王朝のラマ4世と5世が再建し、建造物はタイの建築だけでなく、中国やルネッサンス建築も見られる。現在は国王の住居およびレセプション会場として使用されているようだ。

15:00頃、バンコクのインペリアルクイーンズパークホテル着。
夜はバンコクのライトアップ見学と食事だが、それまで妻の買い物に付き合うことにする。

18:00ホテル発。帰宅ラッシュで道路は大渋滞。600_06tailand_448
タイではトヨタが一番人気らしく、圧倒的にトヨタ車が多い。ついで日産だろうか。タクシーは派手なカラーのカローラがほとんど。それにしてもひどい渋滞だ。
渋滞のバンコクではバイクがとても多い。モトサイ(タクシーのバイク版)が車の横をすり抜けて行く。急に横から出てくるから車のドライバーからすれば運転しにくいだろう。
トゥクトゥク(バイクのエンジンに客席を乗せたオート三輪)は車と同じように渋滞に巻き込まれる。

1時間以上かか り5kmほどの距離を移動。ライトアップを見学。600_pict0206600_pict0197600_pict0200







その後、タイ古典舞踊を観賞しながら、夕食はタイ料理。600_pict0212

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2006/07/23

タイ旅行(その1)

さて今年の夏はどこへ行こうかと考えていると、妻が1人¥75,000でバンコクとアユタヤに行けるという情報を持ってきた。宿泊・食事・観光全て含まれているようで、かなり安い!さすが元大手旅行会社に勤めていただけのことはある。えらい!

世界遺産好きの夫婦は、ドタバタのうちにこのタイ旅行を決定。旅行代金も妻に任せてスグに支払いに。しかし明細書を良く見ると燃油代¥8,000というものが・・・
「燃油代(=燃油サーチャージ)」とは、航空燃料が軒並み値上がりしており、燃料の値上がり分の一部を搭乗客に一律に賦課する運賃・料金の事、というモノらしい。
当然、飛行距離に応じて高くなるらしく、ハワイあたりまで行けば往復¥10,000以上必要とかで、旅行会社の人曰く、その追加料金のために旅行を取りやめる人もいるらしい。

さて、関西国際空港11:45発のタイ国際航空TG623便に乗るべく、9:30頃に空港着。
TGの空港カウンターには長蛇の列!これにはちょっと驚いた。バンコク経由でプーケット等のリゾート地に行く人が多いようだった。早めに空港に着き、多少ウロウロする時間もあるだろうと思っていたが、この行列待ちと手続きで予想外に時間がかかった。

約5時間30分の飛行時間でバンコクには14:50到着。

空港では現地ガイドのタワ・チャイさんが出迎えてくれた。本人曰くミドルネームの「ネーンと呼んで下さい」とのことで、以降はネーンさんと呼ぶことにする。
空港で1万円を両替(1バーツ=約3円)し外に出た。やはり暑い。トヨタのハイエース(のようだが、快適な室内に改造されている)が待っており、運転手さんが手際よく荷物を積んでくれた。何と今回のツアーには我々夫婦だけしかおらず、今日から帰国日まで、ネーンさんと運転手さんは我々だけのために動いてくれるようだ。雨季である夏は一応オフシーズンらしく、今の時期のツアー参加者は毎回多くても4~6名程度とのこと。雨季と言えば夕立のようなスコールがつきものだが、今年はほとんどスコールも無いとか。
我々はかなりラッキーなようだ。

600_pict0013_1 バンコクから北へ約1時間の移動でアユタヤ着。
16:45頃にクルンスリ リバー ホテルにチェックイン。川沿いに建つ眺望のよいホテルだ。600_pict0005_1


食事に出かけるまで時間があったので、まずは周辺の探検。
しかし田舎町で何も無い。野良犬が多いこと!街の人たちが犬に餌をやっているのを目にするから、犬が居ついてしまっているのだろう。600_pict0011
セブン イレブン発見。空港からアユタヤに移動中も何軒も見かけた。ファミリーマートも見かけたがローソンは無し。
セブンイレブンに入り、とりあえず缶ビールを買う。SINGHAビールという御当地ビールが1本24バーツ(70円ほど)、その他ゾウのラベルのビールなど計4本ほど購入しホテルへ戻る。

18:00、ホテルを出発しタイ料理の店へ。SINGHAビール中ビン140バーツ。なかなか美味い食事で腹一杯になった。時間は19:00過ぎ。
アユタヤ遺跡のライトアップを見学に行く。数箇所の遺跡がライトアップされており、ネーンさんは車で移動しながら3箇所ほど案内してくれた。ライトアップ時には遺跡内には入れな600_pict0036_1いため、外からの見学になる。
遺跡周辺に行くと、数台の観光バスも止まっており、やはり観光客が多い。欧米や中国からの観光客が多く、日本人客が少ないように感じた。
明日はこれらの遺跡探索だ。

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2006/03/24

春高バレーで東京見物2

omotesando
翌日は表参道をカメラを持ってブラブラ。春高バレーの行われる国立屋内総合競技場(代々木体育館)はスグそこなので、ちょうど良かった。
明治神宮へと続く表参道は、90年代以降、有名建築家の設計による建物がニョキニョキ建ち並び、今ではまさに建築博物館といった様相だ。嫁も、きょろきょろしながら「この通りはなかなか楽しい」と言っていた。しかし人が多い!今日は平日にも関わらず、おそらく休日の大阪心斎橋よりすごい人だ。
先月開業したばかりの安藤忠雄氏設計による”表参道ヒルズ”、内部は人の波。場所によっては”この場所で写真を取らないで下さい”という張り紙があったりするが、あまりの人の流れに撮影のために立ち止まることも難しい状態だった。
人ごみの苦手な私は、早々に表参道ヒルズから退散してしまった。

海外ブランド店の建物が多く、オシャレでカラフルで目立つ商業建築物が立ち並ぶ表参道。時代の流行や経済の流れにより、どんどん変わっていく街なんだろうな。

yoyogi01夕方になり代々木体育館へ。東京カテドラルと同じく丹下健三氏の設計。大きな柱と太いケーブルで、競技場という大空間を覆っている構造だ。
我が姪は岡崎学園。相手は市立船橋、強豪だ。1セット目は動きもyoyogi02 硬くやられっぱなしという感じだったが、2セット目は快勝!。3セット目もこの調子でと期待したが、やはり底力の差は大きく残念な結果となった。負けはしたが、高校2年生の彼女には人生の中で素晴らしい一瞬だったことだろう。

建築見学と春高バレー、ダブルで楽しめた東京旅行だった。

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2006/03/22

春高バレーで東京見物1

嫁:「姪が”春の高校バレー”に出場するから応援に行こうかな」 tokyo02
私:「春高バレーってどこであるん?」
嫁:「東京の代々木体育館」
私:「えっ!じゃぁ東京見学兼ねて俺も行くわ!」
というわけで、行って来ました。

朝日新聞(3/8)に「表参道は建築博物館」という記事が掲載され、Casa BRUTUS vol.73(マガジンハウス刊)でも表参道が取り上げられた。あちらこちらで安藤忠雄氏設計の”表参道ヒルズ”開業にからめて、特集記事の多いこと多いこと。
一度行ってみたいと思いつつ、東京カテドラルも見ておきたいと思いつつ、ちょうど休みも取れそうだという時期に、タイミングよく”春高バレーに出場する姪の応援”という理由にこじつけて、東京旅行に出かけることが出来たのだ。

午後1時半頃に品川着。ホテルにチェックインし荷物を置いて早速外出。
tokyo01『東京カテドラル』、丹下健三氏の設計により1964年12月竣工。私の年齢とほとんど同じ歳月が経っているにも関わらず、ステンレス鋼板仕上げの外壁(屋根)は太陽が反射して光り輝いていた。
大聖堂は鉄筋コンクリート(RC)構造で地下1階地上3階建、内部の1番高いところでは40m近い高さにもなる。この美しい曲面を持った特徴ある形態は”HPシェル構造”で、壁から屋根まで一体となっている。HPシェルとは、Hyperbolic Paraboloid(双曲放物面)でできたシェル構造。RCで8枚の貝殻のような曲面版を造って立てかけられているような感じだ。
内部はコンクリートがむき出しのまま。現在のRC打放しと比べると、荒々しく雑な感がある。昭和30年代にやっとレディミクストコンクリート工場が設立されたことを考えれば、建設当時の最新技術でも困難な工事だっただろう。しかしシェル構造は、RCだからこそ出来た構造、自由な形態が造れるRCらしい構造だと思う。

普段、内部は撮影禁止のようだが、この日、聖堂内では結婚式が行われており、了承を得て数枚の写真を撮らせていただいた。結婚式だからこそ撮影できたのかもしれない。ラッキーでした。この東京カテドラル、丹下健三氏設計の建築の中でも傑作ではないだろうかと思う。

浅草や上野へ移動し、買い食いしながらブラブラ散歩。その後、夕暮れの六本木ヒルズへ立ち寄りホテルへ戻った。かなり風の強い1日だった。

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2005/11/14

あっと言う間の地方入試

昨日、高知での地方入試から帰ってきたが、疲れたのか身体がダルい。plane
まず12日(土)、体験学習会を終えて空港へ移動。予定通り空港に到着したが、大阪国際空港で飛行機の出発が定刻から1時間20分も待たされたのだ。ボンバルディアDHC8-Q400というプロペラ機、しょっちゅう故障で遅れたり欠航となったり、問題の多い機材なので心配もしていたが、案の定「整備箇所が発見されましたので・・・」
まぁ、飛んでからバタバタされるよりはマシなのかも知れないが、一度キチンと完全オーバーホールした方がいいんじゃない?

翌13日(日)の午後1時からが入試面接。それまで午前中は時間もあるので、「はりまや橋」をちらっと見て、「日曜市」などブラブラ見学しながら高知城へ向かった。高知市では、月曜を除く各曜日に市場が出るらしい。日曜市が一番大きく、さまざまな商品が野天で売られる。お店の人はたいてい皺くちゃのお婆さんやお爺さんで、買い物客といろいろ会話しながら商売をされていた。
itiba 昨夜入った小さな料理屋さんのご主人が「観光客向けの市場なので、たいして安くもないし土地の人はほとんど買いに行く事はない」とおっしゃっていたので、私も見学だけを楽しんだ。
ほどなく高知城が小高い丘の上に見えてきた。城好きの私は当然天守まで登る。残念ながら天守閣の最上階は欄干の修理中で、期待の展望は望めなかったが風格のあ る城だ。天守下部に付属する「懐徳館」という書院造の建物も素朴だが素晴らしかった。
syoinnその後、路面電車で入試会場に向かう予定をしていたが、時間もあったのでそのまま歩いて会場まで行くことにした。はりまや橋方面に戻る方向になる。きれいに整備された広場などもところどころにあり、ゆとりのある街のように感じた。はりまや橋周辺も、人口の川を造り、水際まで降りていける親水公園になっていた。

約2時間半、休むことなく我ながら良く歩いた。
面接会場となる「かるぽーと」という施設に着くと、ほどなく高知駐在事務員の女性と合流。昼ごはん食べて9階の第1学習室へ。1時から面接をこなして無事終了。当然と言えば当然のことなのだが、地方入試での受験者は毎回少ない。各会場で多くても6、7名ほど。今日の高知入試は2名。ふぅ~、2名のために高知まで前泊で俺は来てるんやなぁと、ちょっと驚いたり。

でもこの日の面接をしたうち1人は高校の成績が平均4.5もあったので
「大学への進学は考えなかったの?」と聞いてみた。
「親も経済的に苦しく、大学は4年もあるので学費が大変なんです。専門学校は2年間で同等の実力も付きますから。」という返事だった。
後で聞くところによると、関西などはマンション建設も目に見えて増え、全体としては経済は上向きになってきたと思われるが、高知はまだまだ不況で就職も難しく大変らしい。
地方から関西の学校まで、入試のための旅費などの負担を少しでも節約できる地方入試。面接で直接そんな話を聞くと、受験者1人2人の入試のために高知まで来ても値打ちあったな、と思う。

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2005/11/11

円通寺と正伝寺

今週は水曜日に休みが取れた。天気も良かったので、バイクでお気に入りの庭を見にいくことにした。自宅からバイクで10分もあれば行ける寺だが、ここの庭はかなりイイと思う。学生にもよく紹介している寺だ。

entsu-ji円通寺。このお寺は、もとは後水尾天皇の離宮跡。比叡山を借景にした庭は絶品だと思う。手前の生垣までの近景、遠く比叡山を望む遠景、その間にある林が中景となり、幾重にも景色が重なっている。金閣寺や清水寺など超有名な神社仏閣が数々ある京都だけれど、この円通寺は交通も不便な場所にあり、平日は観光客もかなりentsu-ji2少なめ。その分ゆっくり庭を鑑賞できる。但し、日曜祝日などはガイドブック等にも載っているせいか、結構多勢の人がいたりして騒々しく、こんな時にいくと感動が少ないのだ。
以前はこの庭の写真撮影は禁止だった。しかし住職の説明によれば、昨今の土地開発などによって、庭からの景観が壊れてしまう可能性が出てきたらしく、そうなる前にと写真撮影も許可することにされたようだ。後世までこのすばらしい景観が残せれば良いのだが・・・

次に、またバイクで西に向かい約10分。

syouden-ji正伝寺。こちらの方丈庭園は小堀遠州作と言われる枯山水庭園。白砂を敷き詰め、7・5・ 3とツツジを刈り込んだもので、この寺も遠く比叡山を借景として組み込んでいる。
円通寺よりこじんまりとした庭、かなり遠くに比叡山。円通寺より不便な場所なので平日ともなればほとんど観光客はいなかったりする。のんびりゆったり、景観を独り占めできるのがいい。しかし庭に面する縁側の天井は血天井と呼ばれるもので、伏見城落城の際、syouden-ji2 鳥居元忠らが自刃した廊下の板を供養の意味もこめて天井板として用いたもの。霊感の強い人はかなりゾクゾク感じるかも。

外部空間と内部空間、建物と庭との連続性が和風デザインの1つ。景色を含めた外部空間を上手く取り入れて生活を豊かにする。今の建築は高気密高断熱で、外部環境に影響されないようにして、空調など設備を使って快適に過ごす。
もちろん和の生活は四季によって暑かったり寒かったり、大変だ。けど、そのうち何かしっぺ返しが来ないか心配。いや、既にシックハウス症候群もしっぺ返しの一つかな。

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